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東京の下町らしい風景を見に行くなら、葛飾区の柴又は外せない場所のひとつです。京成線の柴又駅を降りて参道を歩くと、その先にあるのが「柴又帝釈天」の名で親しまれている経栄山題経寺。映画『男はつらいよ』の舞台としても知られていますね。
ただ、参道でお団子を食べて、お堂にお参りして帰るだけではもったいないかもしれません。帝釈堂の外側を囲む木彫りの彫刻や、回廊から眺める日本庭園、60日に一度の庚申の縁日、すぐ近くの江戸川を渡る矢切の渡しなど、知っておくと楽しみが増える場所がいくつもあります。この記事では、柴又帝釈天とその周りの見どころを順に紹介します。
柴又帝釈天ってどんなお寺?柴又駅からの道と歴史
まずは、柴又帝釈天への行き方と、お寺の成り立ちを確認しておきます。駅から境内までの道そのものが、柴又観光の大事な見どころになっていますよ。
柴又駅から参道を歩いて二天門へ
柴又帝釈天の公式サイトの交通案内によると、京成線の柴又駅から徒歩3分です。北総線の新柴又駅からは徒歩12分、JR小岩駅やJR金町駅からは京成バスで「柴又帝釈天」バス停まで行く方法も紹介されていました。JR小岩駅からは金町行きで15分ほど、JR金町駅からは小岩行きで5分ほどです。金町駅からバスで来て、帰りは参道を歩いて柴又駅へ抜けると、同じ道を戻らずに歩けますよ。
公式サイトでは、柴又駅から帝釈天までの順路も案内されています。改札を出ると駅前広場に寅さんの銅像があり、その向かいにはさくらの銅像も見えるそうです。寅さん像を背にして正面にのびる道が「帝釈天参道」で、団子や天ぷら、川魚料理のお店、土産物屋などが並んでいます。参道の突き当たりに山門があり、くぐると題経寺の境内です。
車で行く場合、公式サイトによると境内の駐車場はもともと付属の幼稚園のためにつくられたもので、お寺や幼稚園の行事があるときはそちらが優先されます。営業は9時から17時までで、17時以降は施錠されて翌朝まで出庫できないと書かれていました。普通車は30分200円、最大1,500円です。電車で出かけるほうが気楽そうですね。
車でのルートは、公式サイトによると、蔵前通りか水戸街道から柴又街道に入り、柴又帝釈天前の交差点を江戸川の河川敷のほうへ進みます。駐車場は9時より前に着いても入庫できず、入庫待ちの列をつくることも交通の妨げになるため断っていると書かれていました。17時を過ぎて出られなくなった場合は、夜間を含む料金がかかるそうです。
普通車以外の料金も載っていて、バイクは30分100円で最大500円、マイクロバスは30分500円で最大2,000円、中型バスは30分1,000円で最大3,000円、大型バスは30分1,500円で最大4,500円です。バスは完全予約制で平日のみ受け付けていて、バイクと普通車は予約できないと案内されていました。
寛永6年の創建と、瑞龍のマツ
公式サイトに掲載されている東京都教育委員会の説明によると、縁起では、題経寺は寛永6年(1629)の創建とされています。開基の日栄上人が柴又に立ち寄ったとき、見事な枝ぶりのマツと、その下に湧く霊泉を見つけて庵を設けたのが始まりで、このとき上人が見た木が「瑞龍のマツ」とされているそうです。
瑞龍のマツは、二天門をくぐって正面の帝釈堂の手前、向かって左に立っています。東京都の天然記念物に指定されていて、西の枝は石畳に沿うようにのび、南北の枝は帝釈堂を守るように庇の前にのびていると説明されていました。頭を空に向けて天に昇る龍のような姿だそうなので、境内に入ったらまず見上げてみてください。
公式サイトの「沿革大要」によると、明治29年に今の二天門が完成し、大正4年に帝釈堂の内殿、昭和4年に帝釈堂の拝殿と大客殿が完成しました。帝釈堂を囲む法華経を題材にした胴羽目彫刻10枚も、このときの住職の力で完成したものだと書かれています。
葛飾区郷土と天文の博物館によると、平成30年2月13日、「葛飾柴又の文化的景観」が都内で初めての国の重要文化的景観に選ばれました。帝釈天題経寺と、近代以降に発展したその門前を中心に、農村の様子を伝える旧家や寺社、水路の跡や道などがよく残っている点が評価されたそうです。映画の舞台になったのも、こうした景観が今も生き続けているからだと説明されていました。
公式サイトの「沿革大要」には、もっと古い境内の様子も書かれています。文化文政(1803〜1829年)のころには、すでに六間四面(ろっけんしめん)のお堂「帝釈堂」が建っていたと伝えられ、その前に瑞龍の松、右手にご本尊をまつる祖師堂、左手に住職の住まいである庫裡があったようです。明治21年には13代の日貞上人が本堂の拝殿を建て替え、庫裡も新しくしました。昭和27年には17代の日滋上人が祖師堂を大きく改修し、ルンビニー幼稚園を完成させ、昭和30年には大鐘楼堂ができたと記されていました。
公式サイトの文化財のページによると、瑞龍のマツが東京都の天然記念物に指定されたのは平成28年3月11日です。葛飾区郷土と天文の博物館では、葛飾柴又の文化的景観の価値として、江戸・東京と房総・北関東の流れが結びつく場所であること、都市と農村の両方の性格をもつこと、参詣客を意識して建物や空間が変わってきたことの3点を挙げていました。
彫刻ギャラリーで見たい、法華経の10枚の彫刻
柴又帝釈天でぜひ見ておきたいのが、帝釈堂の外側を飾る木彫りの彫刻です。ガラスで囲まれた「彫刻ギャラリー」として、近くでじっくり見られるようになっています。公式サイトの解説から、見どころを紹介しますね。
10人の彫刻師が競った胴羽目彫刻
公式サイトによると、彫刻ギャラリーでは、仏教の経典のひとつ「法華経」を題材に、10人の宮彫刻師が互いの流派の力量を競うように彫り上げた計10枚の胴羽目彫刻を見ることができます。四代目波の伊八の作とされる鶴亀の彫刻などもあり、立体感や欅の木目の美しさ、細部に込められた職人の技を堪能できると紹介されていました。
この彫刻群は、熱心な信者だった鈴木源次郎氏の協力によって、大正の終わりから昭和9年まで十数年をかけて完成したもので、すべて欅の木が使われています。彫刻は、帝釈堂内殿の外側の壁を、ぐるりと囲むように取り付けられています。公式サイトでは、今では手に入らないような欅材と、当時関東で名を知られた宮彫刻師たちの名人技で、職人の技術を残すという意味でも文化財的な価値が高いと説明されていました。
公式サイトの構成図によると、2階は上から4段で、十二支、天女、法華経説話彫刻、鶴の図という並びです。1階は上から2段で、花鳥風月と亀の図になっています。目の高さの説話彫刻だけでなく、上の段や下の段にも目を向けてみると、彫刻の多さに驚くかもしれません。
Xでも、境内の彫刻のすばらしさを「超絶技巧」と表現し、彫刻ギャラリー以外にも随所に木彫があったという投稿が見られました(Xの投稿)。
公式サイトの解説では、10枚の1枚目にあたる金子光清の「塔供養図」は、仏塔を建てる儀式を題材にしたもので、人物や飾りの細部まで丁寧に彫られた、奥行きのある構図が特徴とされています。石川信光の「一雨等潤図」の「一雨等潤」は、仏の慈悲が雨のようにすべての命へ平等に注がれることを意味し、雨が草木や生き物をうるおす様子が細かく表されているそうです。10枚目にあたる加藤寅之助の「法師守護図」は、法華経を実践する人が仏や菩薩に守られ、困難や病から解放される様子を表したもので、信仰を深める人への励ましを伝える作品と紹介されていました。
「三車火宅図」「竜女成仏図」など、題材を知って見る
公式サイトでは、10枚それぞれの題材と作者が紹介されています。たとえば木嶋江運の「三車火宅図」は、法華経の譬喩品にもとづくもので、火事に気づかずに遊ぶ子どもたちを、主人が「楽しい三種の車がある」と誘い出して救う物語です。仏が迷い苦しむ人々を救う姿を表しているそうです。
山本一芳の「竜女成仏図」は、8歳の竜女が仏法を悟って成仏する場面を表した作品と紹介されていました。石川銀次朗の「多宝塔出現図」は、釈迦が説法するなかで、多宝如来をまつる塔が現れる場面を描いたものです。加府藤正一の「千載給仕図」には、釈迦が阿私仙に千年仕える場面が、水くみや薪拾いなどの姿とともに一枚の板に彫られているそうです。
ほかにも、金子光清の「塔供養図」、石川信光の「一雨等潤図」、横谷光一の「法師修行図」、今関光次の「病即消滅図」、小林直光の「常不軽菩薩受難図」、加藤寅之助の「法師守護図」があります。公式サイトによると、加藤寅之助氏は柴又帝釈天の彫刻制作に三代にわたって携わったそうです。
同じ法華経の物語でも、彫刻師によって人物の表情や背景の描き方が違います。1枚ずつ立ち止まって、炎の勢いや人物の動き、雲や水の表現などを見比べてみるのが、彫刻ギャラリーの楽しみ方のひとつでしょう。
それぞれの元になった法華経の章も、公式サイトで紹介されています。「法師修行図」は法師品第十を題材にしていて、修行に励む人と、それを見守る仏や菩薩の姿が描かれ、なかでも普賢菩薩が象に乗る場面が象徴的だそうです。「千載給仕図」は提婆達多品第十二、「多宝塔出現図」は多宝塔品が元になっていて、塔のおごそかさや、それを見た聴衆の驚きが立体的に彫られています。今関光次の「病即消滅図」は薬王菩薩本事品にもとづき、仏の教えが人々の病をいやす良薬であることを表したものと説明されていました。小林直光の作品は、常不軽菩薩が迫害を受けながらも人々を敬い続ける姿を描いています。
回廊から眺める日本庭園「邃渓園」
彫刻ギャラリーと同じ拝観券で入れるのが、日本庭園の邃渓園(すいけいえん)です。東京都の名勝にも指定されている庭園で、回廊を歩きながら眺められます。成り立ちと見どころを見ていきましょう。
永井楽山が手がけた、谷川を表した庭
公式サイトに掲載されている東京都教育委員会の説明によると、邃渓園は題経寺の東側にある約2,000平方メートルの寺院庭園です。大正15年(1926)の境内図に庭園が描かれていることから、その前後につくられたと考えられています。その後、昭和の初めに住職から依頼を受けた庭師の永井楽山が大きく手を加え、昭和40年(1965)にほぼ今の姿になったそうです。
公式サイトの邃渓園のページでは、「邃(すい)」は奥深いこと、「渓(けい)」は谷や流れを意味し、自然の渓谷美を表した池泉回遊式の日本庭園だと説明されていました。東京都教育委員会の説明では、築山の頂上から流れる滝は二段落ちで、この滝の幽邃な風情から、永井楽山が「邃渓園」と名づけたと書かれています。
もともとは、昭和4年(1929)に完成した大客殿から眺める座観式の庭でした。東京都教育委員会の説明によると、昭和35年(1960)に大回廊が建てられ、今は大客殿の広縁を通って庭をめぐることができます。東京都公園協会の「東京いい庭キャンペーン」の資料では、令和5年(2023)3月に大客殿が追加指定され、庭園全体が指定名勝になったと紹介されていました。
庭の作られた年については、公式サイトの邃渓園のページでは昭和4年から40年をかけて完成したと書かれ、東京都公園協会の資料では昭和40年から大改修が始まって昭和43年に完成したと書かれています。回廊についても、公式サイトの沿革や東京都教育委員会の説明では昭和35年に大回廊ができたとされる一方、東京都公園協会の資料には昭和59年(1984)に庭の周りに回廊を設けたとあります。資料によって書き方が少し違うので、長い年月をかけて手を加えられてきた庭だと受け止めておくのがよさそうです。
公式サイトに掲載されている東京都教育委員会の説明では、楽山は1880年から1971年まで生きた庭師で、作庭を依頼したのは第16代の観明院日済上人です。庭が描かれていた境内図は『東京府下帝釈天境内全図』という資料で、邃渓園が東京都の名勝に指定されたのは平成28年3月11日と書かれていました。公式サイトの沿革でも、昭和40年12月に大客殿の前庭を大きく改修して「邃渓園」と名づけたと記されています。
大客殿の縁側と、回廊から見る景色
東京都教育委員会の説明によると、庭の北側半分が池で、北西に築山、北東に中島があります。南側は開放的な芝庭で、大客殿より高くすることで芝が近くに見えるような錯覚が生まれ、奥の池を大きく感じさせる効果もあるそうです。瀬戸御影石や京都の加茂川の赤石など、名石がふんだんに使われ、池の南東には茶室「不答庵」が設けられていると紹介されていました。
公式サイトの邃渓園のページでは、庭の左の築山から、山・川・海をそれぞれ表してつくられていて、日本中から石材を集め、山には山の石、海や川には海や川の石が使われていると説明されています。大客殿の縁側に腰掛けて庭を眺めるのもおすすめで、池に沿った回廊をゆっくり歩きながら、水面に映る景色を楽しめるそうです。
Xでは、日本庭園の邃渓園はゆっくり座って眺められた、という感想の投稿も見られました(Xの投稿)。季節ごとに、春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、違った景色が楽しめると公式サイトに書かれていました。
彫刻ギャラリーと邃渓園の拝観時間は、公式サイトによると9時から16時までで、16時30分に閉園となります。拝観料は大人400円、小中学生200円、20名以上は300円で、この料金で両方を見られます。東京都公園協会の資料によると、12月28日から1月3日までは庭園のみ休園です。
東京都教育委員会の説明によると、築山から流れる滝の水は、池側に張り出した汀線(みぎわせん)や中島によって、大きく蛇行しているように見え、東の端へと流れていきます。名石のなかには、京都の桂川の自然石を使った蹲(つくばい)もあるそうです。東京都公園協会の資料では、大客殿はもともと賓客専用の建物で、庭は楽山がそこから座って眺める視点でつくったものと紹介されていました。回廊ができたことで、参拝者もいろいろな角度から庭を見られるようになったそうです。公式サイトの沿革によると、昭和4年に完成した大客殿には「南天の間」もあります。
庚申の縁日と、矢切の渡し
柴又帝釈天をもう少し深く楽しむなら、出かける日を「庚申の日」に合わせてみたり、境内の先の江戸川で矢切の渡しに乗ってみたりするのもおすすめです。それぞれの情報を確認しておきましょう。
60日に一度の庚申の日は、ご本尊の前でお参りできる
公式サイトによると、題経寺には日蓮聖人が自ら彫ったと伝わる「帝釈天板本尊」がまつられていましたが、江戸時代の中ごろに一時行方が分からなくなりました。安永8年(1779)の春、本堂を修理した際に棟の上からご本尊が見つかり、その日が干支で「庚申(かのえさる)」の日だったことから、特別な縁日と定められたそうです。
庚申は干支による暦のひとつで、60日に一度めぐってきます。公式サイトでは、2026年の庚申大祭日として、2月15日、4月16日、6月15日、8月14日、10月13日、そして納庚申の12月12日(土)が案内されていました。当日は帝釈天板本尊が開帳され、だれでも帝釈堂に入ってご本尊の前でお参りできるそうです。
庚申の日には、庚申日限定の御朱印や、10時から16時まで1時間ごとの縁日限定の御経頂戴もあると書かれていました。13時から15時までは、日蓮宗の僧侶による法話会が鳳翔会館の2階で開かれ、入場無料・申し込み不要で、途中の出入りも自由と案内されています。
ふだんの日も、公式サイトによると門は5時から20時まで開いていて、帝釈堂は5時から17時(土日祝は18時)まで開いています。朱印の受付は9時から16時30分(土日祝は17時30分)までです。ご祈願や回向の受付は帝釈堂の中で9時から15時30分までなので、お願いごとをしたい人は午後の早い時間までに着くようにしましょう。年によって日付が変わるので、庚申の日に合わせたいときは公式サイトで確かめておきましょう。
公式サイトの庚申のページによると、庚申は甲子・乙丑・丙寅…と進む干支の暦のなかの1日です。昔は、庚申の夜に体の中にいる「三尸(さんし)の虫」が、眠っている間に天に昇ってその人の罪を告げると信じられ、寝ずに過ごす「庚申待ち」が行われていました。帝釈天は厄除開運や除病延寿の神として信仰され、庚申の日に訪れると特にご利益があるとされています。2026年の大祭日は、2月15日が日曜、4月16日が木曜、6月15日が月曜、8月14日が金曜、10月13日が火曜にあたります。縁日限定の御経頂戴は、公式サイトのフォームから申し込むこともできると案内されていました。
都内に唯一残る渡し船、矢切の渡し
境内から江戸川のほうへ歩くと、対岸の千葉県松戸市と柴又を結ぶ「矢切の渡し」があります。葛飾区の観光サイトでは、江戸時代の初めから続く、都内に唯一残る貴重な渡し場と紹介されていました。松戸市のページによると、江戸川の両側に田を持つ農民が、関所を通らずに江戸と行き来したのが始まりで、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の舞台にもなったそうです。
運航日は、松戸市のページによると、3月中旬から11月までは毎日、12月から3月上旬までは土曜・日曜・祝日のみです(1月1日から7日は運航)。7月と8月は月曜・火曜が運休(祝日は運航)で、荒天のときやそのほか不定休もあるため、電話での確認が必要とされています。葛飾区の観光サイトでは、冬季は土日祝日と庚申の日のみの運航と書かれていました。
運航時間は10時から16時までで、料金は中学生以上300円、4歳から小学生までは100円です。松戸市のページによると、川幅およそ150メートルの江戸川を往復していて、川面を渡る舟やヒバリ、ユリカモメの声などは、柴又帝釈天とペアで「残したい日本の音風景100選」に選ばれたそうです。なお、2024年現在は手漕ぎでの運航はしていないと注記されていました。
対岸に渡ると、松戸市のページでは、渡し場から歩いて20分ほどのところにある西蓮寺に、『野菊の墓』の一節を刻んだ文学碑があると紹介されています。帰りの舟の時間も考えて、余裕を持って歩きましょう。
松戸市のページによると、西蓮寺のとなりの野菊苑展望台からは、矢切の耕地や江戸川の流れ、遠くには東京の街並みが見渡せるそうです。「日本の音風景100選」に選ばれた記念の顕彰碑は、触って楽しめる体験型で、矢切の渡しより200メートル上流の「川の一里塚」にあります。千葉県側から行く場合は、JR松戸駅西口から市川行きのバスで「下矢切」で降りるか、北総鉄道の矢切駅から江戸川の土手へ向かいます。土日祝日の一部の時間帯には、松戸駅西口から「矢切の渡し」行きの路線バスも走っていて、渡し場の近くには15台ほどの無料駐車場があると書かれていました。
柴又帝釈天を歩く前に、5つのことをおさらい
最後に、この記事で紹介した柴又帝釈天の見どころを5つにまとめておきます。出かける前の確認や、当日の歩く順番を考えるときに使ってくださいね。
出かける前に知っておきたい5つのこと
1つ目は、行き方について。京成線の柴又駅から徒歩3分で、駅前の寅さん像を背にまっすぐのびる帝釈天参道を歩くと、突き当たりに山門があります。境内に入ったら、寛永6年の創建の由来を伝える瑞龍のマツも見上げてみましょう。
2つ目は、彫刻ギャラリーです。帝釈堂の外側には、法華経を題材に10人の宮彫刻師が彫った10枚の胴羽目彫刻があり、大正の終わりから昭和9年まで十数年をかけて完成しました。「三車火宅図」や「竜女成仏図」など、題材を知ってから見ると楽しみが増えます。
3つ目は、邃渓園になります。永井楽山が手を加えた池泉回遊式の日本庭園で、二段落ちの滝の幽邃な風情から名づけられました。大客殿の縁側に座ったり、回廊を歩いたりしながら眺められます。
4つ目は、料金と時間について。彫刻ギャラリーと邃渓園は共通の拝観券で、大人400円、小中学生200円、9時から16時まで(16時30分閉園)です。12月28日から1月3日は庭園のみ休園となります。
5つ目は、庚申の日と矢切の渡しです。60日に一度の庚申の日は帝釈堂でご本尊の前にお参りでき、2026年は12月12日が納庚申です。矢切の渡しは片道大人300円で、冬は運航日が限られるので事前に確認しておきましょう。
参道の賑わいとお寺の静けさ、川辺ののどかな景色がひとつながりになっているのが、柴又の魅力です。彫刻と庭をじっくり見て、帰りに参道でお団子をいただく、そんな一日を計画してみてはいかがでしょうか。